涙の素
地下街の占い師さんが並ぶ一角を通り掛ると、壁に『占いは心のエステ』と貼ってあり、なるほど上手いことを言うなと感心してしまった。
ある手相観の方が書いたエッセイには、相談者の3割が胸の痞えを訴えるうちに涙し、涙を流した後は肩の力が抜けたようになるのだという。だから、時にはわざと泣くのも良い。一人きりになって、泣き声も漏れないようタオルでも口に当てて辛さ悲しみに浸る。泣けてきたら、これまでに遭った嫌な事を全て思い返し、子供がえりしたように一生懸命徹底的に泣く。すると確かに心を洗い流されたような、穏やかな自分を見出せるそうだ。
もし今すぐ泣けと言われたら、と考えて・・・そんな状況はないと仰るあなた、いえいえ私にはありました、アナウンススクールには表現・演技の授業もあるのです・・・泣けるものが三つ浮かんだ。一つは自分が何の役にも立たない存在だと考える事。自分の嫌な性格が子供の頃母を困らせ、その母が死に、父に苦労をかけ、結婚してからも夫に迷惑を掛け続け、厄病神のような自分。二つ目は『泣いた赤鬼』の物語。大切な友人の為に良かれと思ってした事が的外れで悲しませてしまうのだ。三つ目は数年前に行方不明になった燕のツィのこと。保護して世話していたが一年後に居なくなってしまった。一人で餌をとる事も出来ずどんなに心細い思いをしたかと思うと駄目だ。
これらは皆、大人になってから出来た屈託だ。彼との結婚によって生まれ、増えていったものだ。子供時代にはないものを背負い始めるのが大人ということか。守りたいものがあればこその悔恨。そうそう、子供の頃には「屈託がない」という明るい使い方しか知らなかったのを、「屈託」と単独で使う事を知ったのも大人になってからだ。屈託は、その内容と価値の評価は別として、人生の勲章であるのかもしれない。泣きたい時に取り出そう。そして涙が乾いたら少しだけ、より強い自分に出会えるように。
くったく 0 【屈託】(名)スル
(1)気にかかることがあって、心が晴れないこと。ひとつのことにこだわってくよくよすること。「―のない顔つき」
(2)疲れてあきあきすること。「―した表情」「一語も発しないで、皆な―な顔をして/空知川の岸辺(独歩)」


最近のコメント